『続・独立戦争 下』内包ストーリー『秋田フェスプロジェクト〜ふるさとのにじ〜』 十一色「そして虹は未来へと消ゆ」(レディ/秋田)

人気女性アイドルグループ・TO-NAへ、秋田県から直々にフェス開催のオファーがあった。TO-NA特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)のタテルは二つ返事で受諾し、特別な想いを持って準備を進めた。
結果は大成功。しかしタテルは何故か落ち込んだ気分で居た。

  

無心で歩くタテル。心の整理をしながら向かった場所は、川反にあるいつものバー「レディ」であった。今回の秋田滞在でも、フェス前日・初日の夜を除いて欠かさず訪れていたが、この日は混む虞があったため席を予約していた。

  

「お、タテルさん。お疲れ様。あれ、浮かない顔だね?」
「ちょっと考えることがあって」
「そうなんだ。まあゆっくり飲んでって」

  

最初はやはり秋田のクラフトジンを飲んでおきたいということで、ナイトトラベラーのジントニックを選択。山本酒造が手がけるこちらのジン、日本酒醸造の際に出る酒粕を使用。日本酒らしいコクや香りを感じられる唯一無二のジンである。勿論ボタニカルもたっぷり使用されているため、ジンらしい複雑味も確とある。

  

チャームはいつものハムサンド・チーズ。何の変哲も無く見えるものほど美味いものである。ある程度酒を飲み干したところで、タテルはカウンター席の右端に座る翁に挨拶する。毎日のようにこのバーに通う好好爺であり、タテルが来店した際も必ず対面している。この日は同じく常連と思しき女性と2人でいた。
「ちょっと覗いてみたよフェス。盛り上がってたね」
「ありがたいです本当に」
「よくあれだけの名店引っ張り出してきたよね。貴方が全部交渉したの?」
「そうです!県の担当者さんがアシストしてくださったのでそのお陰でもありますが」
「すごいことだよ。思わず買っちゃったもんね入場券。美味しかったよ、冷やしおでんも比内地鶏も」
「美味しいですよね。メンバーにも大好評でした」
「国教大のホールで過去のライヴ映像観てたらさ、ファンの人が話しかけて色々教えてくれたよ。お陰で興味湧いてきた、TO-NAに」
「それはすごく嬉しいです!」
「全国ツアーもやるんでしょ?仙台くらいなら観に行くよ」
「うわあ有難い。是非お越しください!」

  

フェス来場者の割合は定かではないが、この日はボックス席が埋まるほど客入りが激しく、マスターも忙しく動いていた。

  

少しタイムラグを挟んで、オリジナルカクテルの千秋神楽。スーパーニッカをベースに、プルシア(プラムリキュール)、アマレット(アーモンドリキュール)、ブルーキュラソー。プラムの爽やかな甘みが主体であり、その他素材が作品全体を円やかにする。

  

「ほら〜、やっぱり居たじゃんタテルさん」
現れたのはカコニとエリカであった。2人共4日ぶりの訪問であり、タテル同様マスターに顔を憶えられ常連の気分である。
「何やってんの、軒先暗かったじゃん」
「常連さんなら入っていいんですよね?」
「ずけずけと。大丈夫ですか?かなりお忙しそうですけど」
「丁度2席、空いてますよ。どうぞどうぞ」

  

各々乾杯用のカクテルを注文。カコニは紫色の紫陽花、エリカは薄い青色のイジアン、そしてタテルは赤褐色のトスカーナの休日。こちらはブランデーベースにクランベリージュースと巨峰リキュール。軽い口当たりですいすいと飲めてしまう。

  

「タテルさん、もう少し我慢してたらなまはげ来ましたよ」
「長屋酒場に?え何それ、ちゃんと『悪い子はいねぇがぁ』ってやってくれるやつ?」
「はい。バンビちゃんはガチ泣きしてキラリンさんは逆ギレしてました」
「へぇ、俺も襲われたかったなぁ」
「タテルさんが様子おかしかったの、グミさんのこと考えてたからですよね」
「その通りだ。何故わかる……」
「グミさんとの電話以降、箸の進みがかなり悪くなられていたので」
「バレてたか。そう、本当はグミにもフェスの舞台、立たせてあげたくてさ……」
「グミさんなら私達にも電話くれましたよ。ね、エリカちゃん」
「はい。いっぱい褒めてくださりました」
「エリカちゃんの歌声聴いてたら涙が出た、って仰ってました」
「本当に嬉しかった。TO-NAに入って良かった、って心から思いましたよ」
「それは嬉しいね。過去を知ってるから余計に……」

  

感極まり言葉に詰まるタテル。
「卑しいと言われるような過去があっても人はやり直せるTO-NA、我ながら最高のグループだと思うぜ」
「同感です。新メンバーちゃん達、皆輝いてましたもんね」
「傷跡の残る足も見せれるようになりました。ほら!」
「たしかにエリカちゃん、外出する時いつもブーツだったね」
「タテルさんが東大で特殊メイクの先生探してくださったお陰です。これからは堂々と素足を出します! そのうち腕も!」
「グミさんを元気づけ、他のメンバーも元気づけられた。これは立派な収穫ですよ。前向きましょう、タテルさん」
「そうだな。ありがとうカコニ」

  

夜が深まり客が続々と退散すると、漸くマスターも息つけるようになった。タテルはウイスキーを攻めることにする。秋田の地でありながらイチローズモルトが充実しており、その中から秩父On the way 2024を選択。リーフシリーズにあるような個性を詰め合わせ、一体感も演出している印象。

  

「皆さんのお陰で、初めてのお客さんも大勢いらっしゃいました」
「良かった…ですかね?逆に迷惑になってしまったかもしれない」
「いえいえ。忙しいことは良いことですよ。皆さん沢山カクテル頼んでくれて有難いです」
「やっぱりジントニックが多く出ますかね?」
「そうですね。秋田杉ジン美味しかったからもう一回飲みたい、という人が多くて。地の物が出るのは嬉しいですね」
「一昔前だったら、ファンの方々がバーに行くとかあまり無かったですよね」
「飲みに行くとしても、チェーン店の居酒屋でビールや酎ハイ、くらいだよね」
「タテルさんが洒落たこと発信するからですよ」
「TO-NAは一流を目指すからな、ファンの皆さんにもハイカラで居てほしい。グッズ販売やミーグリを縮小して、ファンの皆さんに金銭的余裕を持たせるようにしました。その方が健全な推し活になるのかな、と思いまして」
「あまりアイドルの文化は心得ていないんですけど、良い心がけじゃないですか」

  

続いては、長濱蒸溜所とあの布袋寅泰がコラボした。BEAT EMOTION triangle。長濱のミズナラ樽、スコットランドのモルト、群馬の水のトライアングル。ピートの奥にバナナやらの優しく濃いフルーティな味わいがあり心に響く。

  

それにしても、生写真やお話し会で儲ける体制から脱却したアイドルは珍しい。「ファン醜きゃアイドルまで醜い」という諺が定着しつつある女性アイドル業界、同年代の女性や爽やかな男性が推すアイドルこそ至高であり、おじさんや陰気臭い男が金を貢ぐ形で推されるアイドルには、将来性が無い、不健全などという批判の声が付き纏う。その風潮を煽り、人をおちょくる武器として使用するのが野元である。
「弱い男に推されるアイドルなんて見窄らしいよ。ましてや金を積むなんて、一流の嗜みではないね。アイドルに力借りる前に、自分を高める努力をしてもらわないと。それもわからない三流の男に推されるアイドルは、所詮その程度の魅力しかないということだね」

  

とはいえ、たぬき親父野元の言うことも全否定はできない。老若男女に愛されてこそ国民的アイドルと言える。現場におけるおじさんの支配を弱め、女性や若い人がとっつきやすい雰囲気を作る。そのためにタテルは体制を変革した。あきたフェスもその一環であり、行く先々の民にTO-NAの姿を届け、ファンには遠征ついでに日本各地の魅力を体感してもらうという、地方創生プロジェクトの第1弾として実施したものである。

  

前回も飲んだ遊佐を再び。遊佐蒸溜所のサイトを調べてみても出てこないものであったため訊ねてみると、これは北東北3県限定のプライベートボトルであるとのこと。スパイシーなイメージが強い遊佐だったが、こちらはバランスのとれた円やかなコクが印象的である。

  

「あっ、チョーカイさんからLINEが来てる」

  

改めまして、あきたフェスお疲れ様でした。仕事の都合上初日のみの参戦でしたが、何とエネルギッシュで、何と感動的なライヴなんだろうと、魂揺さぶられました。若い皆さんが直向きにパフォーマンスしている姿に、こんなに勇気が貰えるとは。50年近く生きてきて初めての感情です。くよくよしてちゃダメですね。これからも堂々と、旅の楽しさ、推す事の楽しさ、伝えてまいります。タテルさん、TO-NAの皆さんに出逢えて良かったです。ありがとうございました。

  

「うぅ……一生懸命やって良かったですね」
「こうやって直接喜びの声を聞くと、込み上げるものがあります」
「おじさんでもTO-NAに救われる。何が悪いって話だよ」
「アイドルを見て勇気を貰う権利は誰にだってありますよね」
「そう。逆にどんな人でもいいから良い方向に勇気づけることができたら、アイドル冥利に尽きるだろう」
「ファン層を拡大することも大事ですけど、一人ひとりのファンに深く刺さるような表現も大事にしたいですね」

  

閉店時間も迫っていたため最後の1杯とする。マスターにアイラのお勧めを訊ねてみたところ、キルホーマン13年を提案された。キルホーマンで年数がつくのはとても珍しいものである。カルヴァドス樽原酒を使用しており、ピートが効きつつ林檎などの爽やかな果実味を覚える。素晴らしいウイスキーの連続に、タテルは数時間前まで虚しさに囚われていたとは思えない満悦顔を見せていた。

  

ここで好好爺が会計の姿勢に入る。
「あれ、ル・ヴェールって今日やってるんだっけ?」
「はい。日曜日ですけど、フェス来場者のために開けるとのことでした」
「営業時間終わってないかな?電話してみようか」

  

マスターが確認したところ、特別に営業時間を延ばすとのことであった。
「だったら私達も行きましょう。未だ余裕ありますよね、タテルさん?」
「飲めるかな?飲むなら次はマンハッタンかな」
「飲む気満々じゃないですか」

  

タテルのここでの会計は1.1万円。これだけ飲んでこの支払い金額なら、毎日のように通ってしまうのも頷ける。

  

この後小一時間ル・ヴェールでの時間を楽しんだ一行。
「いやぁこんなに秋田市内が盛り上がったのは久々だよ。これも偏にTO-NAさんのお陰だね」
「いやぁ、皆さんが楽しもうとして下さったのが大きいと思います」
「また秋田でやるのフェス?」
「やりたいですね。でも実を言うと、全国各地でこういうフェスをやりたいんです。均しく地方創生を実現する、というのが1つ軸としてあるので」
「そっか。でもまた秋田には来ますよね」
「それは勿論。プライベートでも、ロケ企画でも来させていただきます」
「またレディで会いましょう」
再会を誓い、3人は好好爺とかっちり握手を交わした。

  

翌朝、例によってタテルは二日酔いとなりカコニに怒られる。重い体を奮い立たせ中央公園に向かい、帰京前最後の式典に出席する。国教大〜アスレチックの道路はあきたTO-NAフェスロードと命名され、スズカのジムニーシエラが命名後第一号の通過となった。そしてTO-NAとタテルに、あきた美食美酒大使のポストが授与された。最後にあきたフェス記念樹を植樹して、TO-NAの一行は続々と飛行機に乗り込んでいった。

  

「どんな暗い人でも前を向ける。どんな弱い人でも勇気を出せる。TO-NAと地元民、多様な個性が紡ぐ虹は美しい。次は何処に虹を架けに行こうか」

  

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