人気女性アイドルグループ・TO-NAへ、秋田県から直々にフェス開催のオファーがあった。TO-NA特別アンバサダー(≒チーフマネジャー)のタテルは二つ返事で受諾し、特別な想いを持って準備を進める。
男は野元の手下として、意図的に山火事を発生させに森の中に入っていた。
「山火事となればフェスは中止せざるを得ないだろう。それとも適切な避難誘導をせず多くの人を殺すかい、馬鹿なタテル容疑者?」
「大騒ぎになりそうですね」
「僕は正義のためにやってるんだよ。森を切り拓いてそこにメガソーラーを建設する。そうすれば僕は儲かるし、電力不足を解消して電気代が下がれば国民は喜ぶだろう。教科書通りのこと言っても国民の生活は豊かにならないね。自然は破壊して文明の力に置き換える。これが日本再生の近道だ。しっかり頼むよ。もし上手くいかなかったら、君は帰ってこなくていいからね」
「わ…わかりました!努力します!」
しかしフェス会場にいた人々は誰も、山火事が発生したことなど知らない。寧ろ運営スタッフが気にしていたのは雨雲の動きである。
「タテルさん大変です、ゲリラ豪雨が迫ってきてます!」
「安全な場所に避難させよう。トレセンかドーム。余裕があれば国教大。アスレチックに居る人にも呼びかけて」
15時過ぎ、見立て通り豪雨が会場を襲った。ただ裏を返せば、それは山火事を鎮火させるものである。フェスにいる人はとうとう山火事があったことに気付かなかった。野元の企みは何もかもが失敗に終わったのである。

豪雨は1時間もしない内に捌けた。
「うわっ!虹が2つも架かってる!」
「二重虹、20何年生きてきて初めて観た」
「思いがけないダブルレインボー……なんて素晴らしい神々の演出」
大急ぎで客席とステージの水を拭き取り、ライヴ開始に間に合わせた。初日は西馬音内盆踊りでの幕開けであったが、2日目は竿燈パフォーマンスからスタートした。色とりどりに光る竿燈の制作も実現し、伝統と現代技術の融合に多くの観客が舌を巻いた。
その後数曲披露した後、TO-NA冠番組の公開収録を実施。秋田滞在のエピソードトークでは、フワリがホテルの部屋で化粧水と間違えてファブリーズを顔に噴射したことが判明したり、声の大きさと低さ、発言内容の面白さを競うなまはげ選手権では、ゆるふわヴォイスのバンビがドスの効いた声で「これ食うか?飛ぶぞ!」とカオナシなのか長州力なのかわからない物真似を披露し優勝した。
合唱パートは2日目も実施された。この日はNコン秋田県コンクールで金賞を受賞した高校生達と、森山直太朗の『虹』を歌唱。美しい旋律が夜空を彩り感動を運んだ。
アンコールは2回。最初のアンコールは、カコニの煽りに奮起した観客がコールを轟かせる曲で幕を開ける。そして大曲の花火にて優勝経験のある秋田の煙火業者が作製したTO-NAオリジナル花火が打ち上がる。その存在を知らされていなかったメンバーは驚き感涙した。
Wアンコールでは関東出身メンバーが勢揃いしてスピーチを展開。都会には無いものがここにはある。何でも揃っている都会に暮らす人でも羨ましいと思うものである。だからふるさとを誇りにしてほしい。『ふるさとのにじ』のイントロがかかると客席はあっという間に虹色に染まり、2日間に渡ったあきたフェスは大団円を迎えた。

メンバー達は終演後すぐ秋田駅方面に繰り出し打ち上げを行った。場所は、なまはげの面が目印の長屋酒場。休日ともなれば予約で埋まる人気店で、空き次第の案内になると店員に言われ失意の中店を後にする飛び込み客も続出する。今回は県の担当者が、多彩な秋田料理を一度に手軽に食べられるからと、態々TO-NAのために予約してくれたと云う。
腰を折らないと入れない高さの入口を越え、靴を脱いで上がる。左手にはカウンター席もあるが、人数の多い一行は、県担当者の計らいにより右手の大座敷を丸々貸し切って利用することとなった(註:実際そのようなサービスがあるのかは知らない)。

既にコース料理の一部がセッティングされてある。奥にはぎばさ・蓴菜・とんぶり。蓴菜は食感の面白さがあるから良いとして、他2つは味がほぼ無い。醤油は必須であろう。
手前はマニアックな摘み達。左は海藻を溶かし煮込んで固めた男鹿の伝統食「エゴ」。酢味噌をつけて食べるのだが、海藻のクセが少し強い。中央は鰰寿司。麹がもっと効いていると食べやすいかもしれない。右はエイの煮凝りだが、たかむらで食べるより前に出会いたかった。
「飲み物、ビールの人!」音頭を取るカコニ。
「私ハイボールが良いです!」
「はいよ!あとはソフドリで大丈夫?OK!じゃあみんな、ホテルのルームキー見せて!」
宿泊者割引があることを事前に調べていたカコニ。使えるキャプテン代行である。
「タテルさんは日本酒ですか?」
「そうね……」
やけにテンションの低いタテル。
「体調悪いですか?」
「いや。疲れてはいるけど。あまり大した日本酒無いな。やっぱり名店に行きすぎだ俺。自分で選んでも良い?」
「わかりました……」

タテルは甘いものを求め夏みかんサワーを選択した。普段のタテルであれば、チェーン店の居酒屋にあるようなドリンクは頼まない。

刺身3種盛りも、平凡なものだからと言って、近くにいたメンバーに殆どあげてしまう。
「嬉しい!けどどうしちゃったんですか?」
「余韻に浸ってたらエモが爆発して却ってしんみりしちゃうというか、アハハハ……」
一部メンバーは訝しげであったが、間も無く鍋の着火剤に火が点いたため心配は泡沫となる。
「修学旅行のご飯みたいですね」
「このままここで大富豪やって寝たい〜」
「枕投げしちゃう?」
「もうそんな歳じゃない!」

今回は2種類の鍋のコースにしていた。まずはきりたんぽ鍋。きりたんぽはじめ具材が盛り沢山。しかし(時期ではない)芹の代わりに入った野菜が、ただ嵩があるだけで味わいが無い。

しょっつる鍋には鰰が1尾。こちらは出汁が良く、野菜は出汁を吸い豆腐は口直しに適している。しかし鰰の卵(ぶりこ)が重い。ゴムのように弾力の強すぎる卵膜、口当たりもただずっしり。
そして火はすぐ消えてしまう。量は多めなので食べきる前に鍋は冷めてしまう。冷めてしまうとただ重いだけのブツと化してしまう。言えば再加熱してくれるのだろうが、提供スタイルに疑問を呈するタテル。
「グミから電話がかかってきた。ちょいと失礼」
東京の病室からライヴを見守っていたグミ。
「すごく心揺さぶられるライヴだった。楽しかったよ、ありがとう」
「メンバーも喜ぶよ。今みんなで打ち上げやってるから伝えておく」
「そうなんだ。でも欲を言えば、私も立ちたかったな、あの舞台に……」
宴に戻ったタテルは、それからというものの箸が全く進まない。メンバー間においてはフェスは大成功であり、観客の盛り上がりもTO-NAになってから最大級、何なら独立以前の栄華に追いついたとさえ考えている。ただライヴ終わりの余韻の中で、グミが居なかった虚しさに気づいてしまった。そんな虚しさの中では、味わえるものも味わえないのかもしれない。
「みんな、グミから伝言だ。ライヴ、素晴らしかったてよ」
「おぉ良かった!」
「皆が全力出していて素晴らしかった。TO-NAになってから最高のライヴだ、って」
「やっぱり私が入ったからだ」
「アリアちゃん、調子乗らないの」
「冗談。でも貢献はしたから」
「楽しそうだね。アハハ……」
店員からは詳しく説明されなかったが、鰰の三五八(塩・米麹・米で漬けたもの)。写真を撮る気力すら無くしていた。可食部を殆ど見出せず、ポーションの大半を占めるのはやはりぶりこ。旬なら美味しく戴けるのだろうが、そうでない鰰の食材被りは酷である。
「タテルさん、飲み物空いてますけど?」
「頼んではある。りんご酢サワーを」
「女子力高いですね。いつもなら日本酒やワイン飲んでいらっしゃるのに」
「魚民に来た感覚になってる。久々だよ、婆ちゃんが元気だった頃行ってたあの感覚にそっくりだ」
「少年時代じゃないですか」
「酒は飲んでないよ勿論。オカンは生レモン絞っててさぁ」
「タテルさん、やっぱり何か変です」
「そう?」
「普段の打ち上げなら、もっと秋田の美味しいご飯の話するじゃないですか。それかライヴの話か」
「えっ?まあそうだな……」
「疾しいことでもあるんですか?まさかTO-NAを離れるとか」
「それは無い。微塵も思ってない!あ、唐揚げ来たよ」

比内地鶏の唐揚げ。流石に揚げ物なら満たされる、と期待したが、比内地鶏特有の筋肉質も、衣のカリジャワ感も足りないと心の声が罵倒する。
タテルに供された飲み物は青りんごサワーであった。これはこれで、小さい頃よく行った焼肉屋の青りんごソーダを思い出すので悪くない。チョロギの梅っぽい酸味と共に楽しむ。
「今日のライヴ、確かに良かった。でも初めてライヴを観た人はどう思ったのかな。少し身内ノリが過ぎたかな……ごめんごめん、急に説教じみたこと言って」
「いえいえ。それは私達がエゴサして受け止めます」
「勇気あるな。絶対文句を言う人は居ると思うよ。それでも大丈夫?」
「批判にだって耳を傾けなきゃ駄目ですよ。楽しめなかった人は何が楽しめなかったのか。それを知って、より多くの人を惹きつける演出方法を模索するのがプロのパフォーマーじゃないんですか」
「そりゃそうだよ。止めはしない。多様性を認めるということは、否の意見も容認するということだからな」
「ですよね」
「だけど批判と中傷を履き違えた獣にやられないか、それだけは心配させてくれ。そいつらは多様性を否定する過激派だ。そんなのに心を支配されたら負けだ。それだけは……それだけは!」
稲庭うどんはさっぱりしていて美味しい。だが虚しさに取り憑かれたタテルの腹は半量しか受け付けない。
「タテルさん、泣きそうになってます?」
「え?いやぁ……」
「グミさんのことですか?」
「グミさんにも私達のパワー、届いたんですよね?」
「届いた。それは喜ばしいことだ、喜べ。でも俺は……」
荷物を取ったタテル。どうやら一足先にホテルに戻るつもりである。
「秋田の名物をひと通り楽しめるというのは魅力的だな。コースじゃなくて好きに頼めば満足したのかもしれない」
「えっ、帰るんですか⁈」
「ああ。ちょっと1人にさせてくれ。この店の存在意義は十二分にある。こんなコンディションで店訪れたことを反省する」