連続百名店小説『WM』第1部(小倉屋/水戸)

水戸の中心街から少し外れた場所にあるカフェ「ごじゃっぺ」。茨城大学のキャンパスが付近にあり、利用客のほとんどは大学生である。その大学生も夏休みに入ると帰省してしまうため、毎年8月の時期は閑古鳥が泣く始末である。

  

店を切り盛りしているのは2人のアラサー女性。名を渡辺美加、渡邉美佐という。美加は日立の、美佐は守谷の出身で、歳は3つ離れているが共に茨城大学の卒業生である。そして2人共、とある事情により恋に晩生であった。

  

今年も大学の夏休みが始まってしまった。例によってごじゃっぺの客足は疎らである。あまりにやることが無いため、2人は店自慢の紅茶を淹れて一服していた。
「美加さん、このままでこの店大丈夫ですかね?」
「大丈夫じゃないかもしれない。大学生以外の常連さんが全然いない」
「若者が来るカフェ、って感じですもんね。年齢層が上の方には近寄り難いのかもしれません」
「インスタ投稿で茶葉無料配布キャンペーン打ったけど不発だし」
「この辺の人たち、みんなインスタやってなさそうですもんね」
「気づいちゃった?そうだよね…何でアピールすればいいのか」
「チラシ配りですかね。少しでも親しみを持ってもらえるように」
「そうしようか」

  

そこへ1人の女性が客としてやってきた。
「こんにちは…」
「いらっしゃいませ!お好きな席どうぞ!」
テーブル席に座ってもいいところ、その女性はカウンター席に座った。
「大丈夫ですか?そんなお客さん来ないと思うのでテーブルでも…」
「いえ、カウンターの方が落ち着きます」

  

そんな彼女の名前は渡辺実奈。(異体字の違いはあるが)2人と同じ苗字・同じイニシャルで、この春入学した現役の茨大生である。
「県内出身ですか?」美佐は少し距離を置いて話しかける。
「いえ、この春福岡から来ました」
「福岡から茨大に?よく来ましたね」
「私の学びたいことを研究している教授がいまして、どうしても入りたかったんです」
「それが一番よ」美加は最初から姉目線で話しかける。
「帰省はしないの?」
「少しはしようと思うんですけど、学びが面白いので、夏休みの間も図書館に通ったりして勉強を続けたいと思いまして」
「すごく良い子。私なんて典型的な五月病患者だった」
「それに…いや、この話はいいや。ちょっと恥ずかしくて」

  

実奈は店自慢の紅茶を濃く煮出したものに牛乳を加えた、人気No.1メニューの紅茶エスプレッソラテを注文した。
「何か甘いもの食べます?」
「あ、いただきたいです」
「今日のお勧めはカヌレです!」
「カヌレですか…私ちょっと苦手です」
「あらま、それは残念ですね」
「食べたことないんですけどね、何か苦手な気がして。食わず嫌い多いんですよ私」
「まあ無理に食べることはないよ。あそうだ、売り物じゃないんだけど、豆大福食べない?」

  

ローソンの冷凍カヌレの代わりに実奈が戴くのは、茨城県内のスイーツ店で最も食べログの星が高い小倉屋の豆大福。県庁の少し東に店舗があり、用事があった美加が序でに買ってきたものである。

  

「美味しい、この豆大福!」
「気に入ってもらえて良かったです」
「餅感がありつつもあんこと豆がたっぷり。正統派の豆大福ですね」
「東京の豆大福が有名な店も行ったことあるけど、小倉屋はそれに肩を並べて尚且つ安い。絶対こっちの方がいいわよ」
「ありがとうございます!」
「豆が入ってない普通の大福も美味しいから、お土産にしてって!」
「いいんですか⁈何から何まですみません…」

  

福岡から茨城にやってきた実奈であったが、日々の食べ物が学食かスーパー・コンビニのものばかりで変わり映えしないことを悩んでいた。
「茨城の定番グルメって何かありますかね」
「やっぱり納豆ですかね」
「ダメだよ美佐ちゃん、茨城で納豆は当たり前すぎる」
「そうですよね…海の物とかどうですか?」
「あ、好きですね」
「あと北の方だと蕎麦も有名ですよ」
「お蕎麦!良いですねぇ」
「明日は日曜で私たち定休日なんだけど、良かったら一緒に蕎麦食べに行かない?」
「美加さん、さすがに距離詰めるの早すぎでは…」
「行きたいです!ぜひ!」
「同じ茨大生で同じワタナベで同じイニシャルWMの3人よ。仲良くなるしかないでしょ」
「そうですね。じゃあ明日10:30、店の前に集合でお願いします!」
「いいんですか…ありがとうございます!」

  

NEXT

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です