連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』90杯目(ラーメン二郎/三田)

グルメすぎる芸人・タテルと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」の元メンバー・佐藤京子。2人共1997年生まれの同い年で、生まれも育ちも東京。ラーメンYouTuber『僕たちはキョコってる』として活躍している2人の、ラーメンと共に育まれる恋のようなお話。
三ノ輪の拠点で同棲開始して間も無く、古巣である綱の手引き坂46の独立騒動に心を痛めた京子。綱の手引き坂のスタッフとして解決に奔走したタテルだったが、結局独立の道を選び、綱の手引き坂はTO-NAに改名、圧力をかけられ都心での一切の活動を禁じられる幕切れとなった。卒業した京子には個人の活動に集中してもらいたいと考えたタテルは泣く泣く別れを選んだが、TO-NAの人気復活と共にヨリを戻した。

*時系列は『独立戦争・下』最終話に相当します。

  

翌日、タテルはTO-NAメンバーに京子との交際再開をアナウンスした。
「良かったです…やっとタテルさんに安心してもらえた」
「ようやく折れてくれましたね。ホント意地っ張りなんだから。京子さんを悲しませることしたら許しませんからね」
「末永くお幸せに〜」
「心配かけて申し訳なかった。さあ国技館ライヴに向けて練習だ、京子も観に来るっていうから、君たちの成長を見てもらえ」

  

その日の夜からタテルと京子は同棲を再開した。
「ねぇ、もうちょっと部屋きれいにしよう。せっかく私がピカピカにしたのに」
「あれ、京子の仕業だったのか」
「仕業とか言わないで。気になるから汚いの」
「悪かったよ…」
「掃除手伝って。タテルくん一人でもできるようになってもらうからね」
「俺疲れてるんだけど」
「そんなこと言うなら、今日一緒に寝てあげないよ」
「やりますやります!」

  

次の週の水曜日、お互い休みをとれたため三田の二郎を訪れる。11:30前の到着で既に大行列が発生しており、店をぐるっと取り囲み三角コーンまで延びていた。二郎初体験のタテルを、アイドルになる前は当たり前のように通っていた京子がサポートする。
「これは1時間くらい待つだろうね」
「い、1時間⁈こんな暑い中⁈」
「これくらい普通だよ」
京子の言う通り、三角コーン〜店前の丁度中間となる折り返しに到達するまで30分かかり、合計1時間の待ちは確定的となった。週ど真ん中の平日でこの並び具合だから、休日はもっと過酷なのだろう。

  

「暇だね。性格診断やろうか」京子が提案する。
「MBTI?まだハマってるんだ」
「やる度に結果が変わるのが面白い」
「それ意味ある?」
「ずべこべ言わずにやる!問題数多いからいい暇つぶしになるよ」

  

診断の結果、タテルは仲介者と判定された。
「微妙なニュアンスにも気づける鋭い観察力の持ち主。想像力もあるけど、独特な思考を人に共有することに難儀する、か」
「タテルくんらしいと思うよ。すごく繊細だもんね」
「そうだよね。物の置き場所とか一日のルーティンとか細かく決めてるから、それを乱されるのが苦手。親なんかいつも俺を邪魔して苛立たせてくる」
「気持ちはわかるよ」
「でもたったひとり、邪魔されても怒らない人がいる」
「それってもしかして…」
「京子だ」
「えっ…」
「自分のこだわりを犠牲にしても良いと思えた初めての相手が京子なんだ。京子といれれば俺はどんな我慢も厭わない。口ではああだこうだ言うかもしれないけど、内心ではこの上ない幸せを噛み締めている」
「タテルくん…そんなに私のことを…」
「重すぎたかな?でも俺は京子と以外結ばれる気がしないんだ。答えは急がない、でも一つだけ言わせてください」

  

ずっと、一緒に居てほしい。

  

「もうちょっと考えさせて。でも安心して、前向きには考えているから」
「ありがとう…」

  

いよいよ中の様子が見えてきた。ガッツリ系ラーメンの代名詞となった二郎。その創始者「山田総帥」が鎮座する厨房は、タテルの身構えと相反して和気藹々としている。午前授業終わりの高校生も多く、大きな荷物のある人は手前の入口から入って階段にある段ボールの上に置かされた。

  

自販機の前まで辿り着いた2人は、自販機の半分を占めるトクホ「食事の脂にこの1本」を購入した。罪悪感を打ち消すために欠かせないアイテムである。

  

1時間強で漸く入店。入ってからもすぐ提供される訳では無く、いつ来るかわからないコールに戦々恐々とする。一方の京子は悠然と髪を束ねる。
2人のラーメンが仕上がろうとしたところで、「ニンニク入れましょうか?」と店員から問いかけられる。タテルは思わず先走って「普通で」と応えてしまった。
「入れてしまってよろしいですか?」
「あ、はい…」

  

その様子を見て京子は少しムッとした。が間も無くラーメンが着丼したためすぐさま天地返しをして食べ始める。

  

まずスープを飲むと、噂通りの濃くて、ジャンキーだけど癖になる味。続いてごわごわとした太麺と合わせると、スープの味が纏わりつくと共に甘みも感じた。それはまるで玉蜀黍をむしゃむしゃと食べるような感覚であった。場を支配するニンニクの辛みと濃いめのカエシには、この太麺以外合わせる選択肢が無い。

  

埋もれていた肉塊はヴォリューミーではあるが柔らかく、赤身と脂身のバランスも絶妙。これ1つで料理として成立しているし、濃いテイストのラーメンとも親和性が高い。

  

手を止めたら忽ち腹一杯になる、とよく言われるが、これに関しては手を止める余地も無いくらい夢中になって食べることができる。心の底から何となく満腹感の足音が聞こえるが、それを振り切って2人は完食を果たした。

  

退店の際、同じロットにいた男子高校生に声をかけられるタテル。
「僕、TO-NAのファンです!」
「ありがとうございます!誰推しですか?」
「カホリンちゃんです!同い年なので」
「そうなんだ。綱の手引き坂時代から応援してくれてる?」
「いや、つい先週です。25.5時間TV観てすごい可愛らしいな、と思って」
「へぇ〜、嬉しいね。ということはわからないか、僕の隣にいる人」
「わかりますよ、京子さんですよね。キョコってるの動画観てます!」
「嬉しい〜、ありがとうございます」
「明後日くらいには動画上がるからお楽しみに!」
「夢のようでした…ありがとうございます!」

  

田町駅への道すがら、京子から説教を受けるタテル。
「『ニンニク入れましょうか?』って聞かれて『普通』って応えちゃダメ!」
「緊張して間違えただけだよ、ごめんって…」
「あれはニンニク以外にも野菜・アブラ・カラメを増やすか聞いてるの。『普通』って言われても、何が普通なのかわからないの」
「ややこしい…どうコールすれば良かった?」
「野菜・アブラ・カラメが通常量でニンニクを入れてほしい場合は『ニンニク』と応える」
「変な日本語。『入れましょうか?』に対する回答になってなくない?」
「タテルくん理屈っぽすぎ。疲れちゃう私」
「ごめんごめん、抑えるよ」
「でも最初から大とかマシとかしなかったのは良かった。二郎デビュー、よくできました」
「ありがとう、エスコートしてくれて」
「私はいつも1人で二郎に行く。人前ではニンニク入りのラーメン食べない」
「この前のキョコーフロでも、千里眼行ってニンニク入れてなかったもんな」
「そうね。二郎でニンニク入りラーメンを食べるのは基本1人の時だけ」
「でも今日は食べてた」
「本当に大事な人となら、一緒に食べてもいいかな、って」
「俺、大事な人?」
「当たり前でしょ。もう絶対離さないから」
「京子…」
タテルの目に、これまでに無いほど温かい涙が溢れた。京子もつられて涙を流した。

  

YouTubeチャンネル「僕たちはキョコってる」に久しぶりに投稿された今回の三田二郎編は50万回再生を記録。コメント欄も「おかえりキョコってる」「今まで以上に2人の掛け合いが息ぴったり」「前のタテルは嫌だったけど、TO-NAを建て直してくれたし、何だかんだいい奴に思えてきた」など、カップル復活を祝福する声で溢れかえった。

  

「タテルくん、いつまで寝てるの!今日は国技館ライヴでしょ!」
「ギリギリまで体力温存したい…」
「目玉焼き、人生で一番上手く焼けたんだ。だから早く起きて!」
「はーい…まあ、悪くはないね」

  

国技館ライヴは満員御礼で大盛況に終わった。京子はバックヤードのメンバーとタテルに軽く挨拶するとそそくさと帰宅し、缶ビールを冷やす、風呂を沸かしておくなどしてタテルの帰宅を待った。

  

虹色にライトアップされたスカイツリーを眺めながら、京子はタテルに呟いた。
「タテルくん、TO-NAのみんなを救ってくれて、本当に本当にありがとう」

  

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