連続百名店小説『東京ラーメンストーリー』29杯目(伊吹/志村坂上)

グルメすぎる芸人・TATERUと人気アイドルグループ「綱の手引き坂46(旧えのき坂46)」のエース・京子。2人共25歳の同い年で、生まれも育ちも東京。ひょんなことから出会ってしまった2人の、ラーメンと共に育まれる恋のような話。

  

︎〽︎夕映えは…
「あれ、歌詞なんだっけ…」
「おい京子、何回歌詞飛ばすんだよ。全然集中できてないじゃないか」
「ごめんなさい…」
「念願のソロライヴじゃなかったのか⁈しっかりやってもらわないと困るよ」
「…」
「次ダメだったらライヴは中止だ。バンドメンバーにも迷惑だし」

  

ソロライヴまで2週間。姿を消した相方タテルに、京子は現を抜かしていた。レコーディングが終わりもうすぐMV公開というタイミングになって納得いかない箇所の修正を求める、などするくらいプロ意識の高い京子が、このような姿勢を見せるのは異例だった。
当然YouTubeの更新も止まり、視聴者からは心配の声が上がる。チャンネル登録者数は1万人ほど減っていた。

  

ある日、大石田は三ノ輪の基地に京子を呼び出す。
「京子、元気ないな。タテルがいないから?」
「そう…ですね。電話も出ないしLINE送っても全部未読無視です。どうします大石田さん」
「京子だけで動画撮る、という手もあるよ」
「いや、タテルくんとじゃないとラーメン食べたくないです」
「さすがに動画を止めるわけにはいかない。コメント欄見てる?」
「私エゴサすると落ち込むタイプなので…」
「安心しろ。京子は好評だ。でもタテルがな…」

  

2人のYouTubeチャンネルは登録者数14万人。一方タテルはこのチャンネル開設前から単独でYouTubeをやっており、登録者数は4000人強。タテルへの波及効果はほとんど無く、2人のチャンネルでも人気は明らかに京子に偏っていた。

  

ラーメンを語る京子が好きなんだ!京子ロスで仕事が手につかない!
タテルくんはどーでもいいから、京子だけで撮影したら?
アイツとは別れた方がいい。自分のことしか考えてない。
大体何調子乗ってんだタテル、売れねぇタレントのくせに!

  

「タテルと一緒じゃないと嫌だ、って気持ちもわかるけど、YouTubeは鮮度が命。投稿を止めたらますます視聴者が離れる」
「…」
「薄情かもしれないけど、行こう、ラーメン屋。ラーメン食べたら元気も出るよ」
「…」

  

志村坂上駅に降り立った京子と大石田。大きな池のある公園の方へ延々と下って行くと、平日にも関わらず大行列のできる店が現れた。
「久しぶりのラーメン…楽しみです」少しだけ元気を取り戻した京子。
そこへ、1人の男が声をかけてきた。
「突然すみません、京子さんですよね」
「はい…あれ、何か見たことあるような」
「タテルと一緒に『オールナイト不比等』に出ているエイジです」
「あ、タテルくんと一緒に赤い服着て外でわちゃわちゃしてる方?」
「わちゃわちゃ、って…」

  

エイジも含め3人で行列に並ぶ。
「私が奢るんで思う存分食べてください」
「いいんですか?ありがとうございます!」
「ところでタテルくんとは連絡取り合っていますか?」
「LINEのやり取りなら。それがどうかしました?」
「タテルくんここ最近ずっと私からの連絡無視するんです。2週間くらい」
「それはけしからんな。俺から連絡してみようか?」

  

今日暇?

  

LINEを送ると、程なくして既読がついた。
「信じらんない。何で私のLINEだけ無視するのよ」
「じゃあ呼び出してみるね。どこに集合させます?」
「この後もう1軒行くんで…」
「そうだ!」大石田が閃く。「近くに大きなラウンドツーあるよね。そこで対決動画撮ろう」
「復帰していきなり?大丈夫ですか?」
「都内でやれるのここくらいだから」
「OK。ラウンドツー板橋店に来い、と。京子さんの存在は伝えてないので安心してください」

  

待つこと1時間近くでようやく入店。エイジとは離れ離れの席になった。
「すごい偶然。やっとタテルくんに会える…」
「まだわからんぞ。アイツは人付き合い悪いから。来ない可能性が高い」
「タテルくん来るって。京子さん、良かったですね!」
「ありがとうございます、ホント助かりました」
「いや油断するな、急に心変わりするかもしれない」

  

京子にとって久しぶりのラーメンは煮干しラーメン。苦味の少ないスープ、白くはっきりした麺、口直しの玉ねぎ。バランスのとれた1杯だ。立派なチャーシューには惹かれるものがあり、単調な味わいからも脱却している。
しかし京子は何か物足りなさを覚えた。駅から遠い上に混む、という理由もあるのだろうが、タテルがいないという現実が余計に物足りなさを加速させていた。
「大石田さん、やっぱり私タテルくんと食べないとダメです」
「…わかる気がしてきた」
「言葉では上手く説明できないけど、タテルくんの持つ雰囲気が、ラーメンを美味しくしてくれてるようなんです」

  

エイジと合流し店を出る。首都高下の道を歩きながら、エイジの人となりを聞き出す。
「それにしてもエイジさんって、何者なんですか?」
「おい京子、何者とは失礼な」
「俺はエキストラ俳優やってます。いつかは主演張りたいけど」
「タテルくんと似てますね」
「そう。だから仲良くなったんだ」
「結構一緒にいる時間長いんですか?」
「最初の頃は番組内だけで会ってたけど、最近は溜まり場見つけてよく一緒にいる。池袋とか」
「池袋!私の青春の地です」
「いいよね池袋。オールナイト不比等に出てる女子大生に立教の子が2人いるし、何かの偶然で会えたらなぁって」
「それちょっとストーカーじゃないですか」
「いやいや、追っかけはしませんよ。見かけたら声かけたいな、くらい。あくまでも目的は夢を語り合うこと。京子さんもするでしょ?」
「しますね。アイドルなる前はボーカルスクールの友達とかと話してました、歌で人を泣かせられる歌手になりたい、って」
「今もその夢、変わらない?」
「もちろんです。それに加え、アイドルになってからものすごく楽しくて、他にも色々やりたいことができました。このYouTubeも、最初は乗り気じゃなかったけど、タテルくんといると楽しくて…」
「そうなんだ。でも最近会えていないと」
「…」
「タテル君って一匹狼なんだよね。何かあるとすぐ殻に閉じこもるもん」
「確かに、それは言えてます」
「会ったら言ってやりますよ、寂しい思いさせるな、って」

  

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